開高健。もう、開高健なんです。一文一文、いちいち胸が一杯になり、本から目を離し空を見上げてしまうのです。
「夜と陽炎」で初めてその節に触れて、初めこそ婉曲的な言い回しに慣れなかったものの、今となっては婉曲表現などとは思わない。自身の体験やら感情のヒダの毛の隙間のスキマまで、くまなく目を開き耳を立てて、ある意味とても「直接的」に、「そのものとして」表現するその正直さに、正確さに、言葉でここまで書き切ることができるということに、もう無しではやっていけないほどになってしまいました。
「オーパ!」と来たら・・それは確か今年のインドツアーの行きの飛行機か、帰りの飛行機の中で読んでいたのですが、胸が詰まるような ピラーニャ(ピラニア)の描き方があり、どこかの大地の遥か上空で私は多分、少し泣いた。ピラーニャですよ、魚の。それをあんな風に書けるなんて。
「夜と陽炎」の最後の方に、アルビノーニの「アダージョ」を偶然耳にした時のことが描かれているのですが、その凄み。音楽について語られることで、これほどの真実はきっとないのではないかと思います。『生きていたいと思った。』と結ばれるところの沈黙、そしてその後のエピソードも。
かなり多作で、まだまだ読むべき作品が山と出版されているとのこと。嬉しいです。 最近読んでいるのはエッセイで、「私の後門はヤフーであった」とか、なんのことか分からないでしょうが、本当にそういうところも愛してしまっています。
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