2025/03/04

r-h-y-t-h-m

Photo: Eliot Porter

 一定の音や音像が常に続いていると、やがてそれは聞こえなくなってくる。どこでそれが途切れるか、無くなるか、ということがとても大切な点で、有ったものが消えることによって周期が感じられて、それがリズムになる。複雑に書き込まれたリズムがリズムというわけではないのだと思う。ちなみに、複雑なリズムが書けない上に、読むのも超億劫だ。演奏者に計算をさせるでない(小声)。さらにちなみに、複雑なリズムを書ける人々、緻密に再現できる人々を尊敬している。

つい先日、高橋悠治さんの完全フリーのセッションを偶然聞く機会があったのだけれど、高橋さんの演奏は、リズムの塊だったように思う。常に鍵盤の上にグルーブしている何かが息づいていて、その周りで演奏されているように感じた。その中心からどれだけ離れるか、またはその中心にタッチするかの塩梅が絶妙で、グルーブの形まで見える様だった。もちろん、響きや選ぶ音、指の鍵盤への触れ方、相手との対話の距離など、すべてが達観されているものだったけれど、それに加えて一番感じたのがリズムの妙だった。

「写真」にもリズムがあるという。Eliot Porterを見た瞬間に「リズム、かくたるや」と髄で感じた。どの写真を見ても完璧に美しくバランスが取られていて、ただの石とかシダとか葉っぱなど、全体の中のそのものの、一番すばらしい時を見せてくれる。私が少しだけ自然の中に入っても、ついぞこのように見えたことがない。

2025/02/28

New Release: Sacrifice


 
公式のリリースは2018年以来7年ぶりですが、「Sacrifice」という音楽と、その楽譜(アートブックのような)をリリースしました。楽譜にはCDが付いています。

Bandcampおよびオンラインショップで購入可能です。

リリースに伴い、素晴らしいもので埋め尽くすための簡素な小屋(レーベル)も建てました。音楽的に感ずるものならばなんでも・・・学びになることや、時間に耐えうるもの、他の何かを生み出して行けるようなもの、そういったものを、足を使いながら、なんらかの形にして行けたらよいなと考えています。

レーベルのサイトはこちらです。
 
 
しかし音楽に最も合った形とは一体どのようなものなのでしょうか。つまり、それを開いた途端にその世界に引き込まれるような、音楽の留め方とは。

── 話変わりまして、
 
最近まで、長い音楽を作りたいと考えていました。 30分?短い短い!という感覚で、長ければ長いほど良く、いくらでも長く演奏できるという曲を作りたかったのですが、突然それが嫌になってきました。もう少し、小さな星のように簡潔に世界をまとめたい、と考えるようになって来ているのです。何にでも反動というものがあるもので・・。ですが、まだどう頑張っても15分以上になってしまいます。今後、努力を重ねて、どんどん短くして行きたい。

Sacrificeはちょうど、「長いが偉い」時代の作品なので、1回の演奏が約30分です。楽譜やCDなどの物理版(デジタル版ではないという意味)には、ボーナストラックとして2曲追加されるので、総再生時間は2時間近くになります。なお、楽譜には演奏時間の指示がありませんので、きっとつまらないだろうけれど、死ぬまで弾き続けることも可能です。
 
どうぞ、灯りを落として、お楽しみください。

2025/01/08

Canto Ostinato

シメオン・テンホルトというオランダの作曲家の「Canto Ostinato」という曲がある。

最低1時間以上絶え間なく弾き続けることや(可能であればいつまででも弾き続けることができる)、進行するタイミングが奏者に委ねられていることなどの目立つ特徴に加えて、私が最も惹かれるのは、長い時間を耐え忍んだ後にたまらなく甘美な情景が突然現れてくるところだ。

Canto Ostinatoを演奏会で1度演奏したことがある。その時の前口上で、私はどの口が言ったのか知らないけれど「この曲は、人生そのものに感じる」と言った。でもそれは本心だった。ちょうど、良く知る人の生の終わりを短期間で2度も見た時だったというのもあると思う。

 「ある小節を繰り返しているうちに、段々と次に進むのが怖くなってくる。今のこの手の中にある音型にやっと馴染んできたところ、また次に進まねばならない、 間違えるかもしれない、もしも止まってしまったら、と。その気持ちのまま次に進むと、失敗する可能性が高い。でもいつまでもここにとどまるわけにも行かない。

練習ですらその恐怖はあり、困っていたのだけれど、ある時ひとつだけそれを乗り越える方法に気づいた。大したことではないのだけれど、とても意味のあることに思えた。

それは、今弾いている小節の「音」にひたすらに集中するということ。変に集中しようとするわけではなく、耳を澄ます。何かが聞こえてくるまで、次に進まなくて良い。そうすると、本当に不思議なことなのだけれど、まるで音の中で自分の姿が消えていくようになる。恐怖はそれで無くなる。もし生きる中で、次に進む恐怖に足がすくんでしまうようであれば、その時は無理に進むのではなく、何かが見えてくるまでとどまることも良いのではないか。」

 もちろん、こんなに長くは話していないと思うが、このような少し重めの事を辿々しく話した。 なんともキラキラしていないタイプの演奏会ですねー

Canto Ostinatoは今でも常に弾くようにしていて、それどころかこのような曲まで作っている。演奏するたびに自分が話した前口上を思い出すのだけれど、今は今でまた違う考えにもなっていたりする。それは、「ほうほうの体でボロボロであろうとも、最後の一足まで前に進んで、倒れる時は前のめりだ」という勇ましいものであったり、「恐怖に飲み込まれてしまうのもまた人生」という諦めモードのものだったり、様々。

本当に面白い曲だ。


2024/11/14

Last Night The Light Came

音楽があまりにも満ちているために静止して見える、心の中の風景。音楽が、今にも張り裂けて怒涛に流れてくるのを待っているような風景。そういうものが、一昔前からはっきりしている。

それは濃紺の闇の中で、目を凝らしていると目が慣れてきて、やっと自分の掌の輪郭がうっすらと白くぼやけて見えてくるような、わずかな光の中にいるような・・そのような視界の世界。絵が描けたらどんなに良いかと思うくらいはっきりとしていて、いつかそれを音楽に表そうと思っている。

あまりにも没入したい音楽のイメージがあると、できるだけそこから目をそらしてしまう癖がある。それはきっと、音に表してしまうことへの躊躇、表した時点で違うものになってしまう恐さから来るものであり、また、美味しいものは最後に食べたいという性分もあると思う。が、あまりに目をそらしている時間が長いので、音楽が遠くに行ってしまったような気がした。

でも、これはスイッチと言えると思うのだけど、ひとたびイメージの中の焦点を「そこ」に合わせさえすれば、何かが湧き上がってくるのをいつも感じる。それを感じると安心する。湧き上がるものをかき集めて、そこから形を取り出すのは片手間ではいかないもので、全身全霊そこへダイブしないと取ってくることはできないと思う。

なりふり構わずダイブしたいものだけど、それ即ち生活がどうでも良くなるダイビングなので、中々飛び降りることができない。大きな問題は、日常生活の中でどう創り続けていくかということなのだと思う。生活と切り離すわけではなく、一枚隔てた場所に、創造の層の存在を意識する、忘れないでいるということ。

ジョージア・オキーフが「人生の中で、喜びは短く、ひと時に過ぎない。大事なのはその合間にある長い時間」というような事を言っていたと思うけれど、それに近いのかもしれない。創造に没頭するのは、たとえ短くとも幸せである。その短い創造の道中、さらに短いひと時の鋭い喜びを感じることはあれど、ほとんどはただひたすらに歩き、止まり、待つのみ。完成に至るまでの道のりは途方もなく長く果てがなく、時に完成しない。

そして、ほとんどは没頭する以前の生活の時間なのである。であるからこそ、心の中にある”層”を常に忘れないことは、本当に大切だと思うのです。

全身全霊ダイブして、生活がどうでも良くならないと音楽って作れないのか?という不満と疑問から、別の角度で音楽を表していく方法を考え出して2、3年ほど。それがとても知的に楽しくて、その方法ならばあらゆるものと音楽を繋げることができる。自力Max/MSP(今では、「ど」が付くほどの定番プログラミングシステム)と言えなくもない。  そのように作っているものが2、3。

だがしかしダイブintoして、自分の中の根に触れるように創る音楽にも、そろそろ飛び込みたい欲望が。何故ならそれが最も心の底の部分を救うから。そのように作りかけているのが、1、2、3、、。そして、こういう作り方をしているときに見る夢というのが非常に面白い。多分脳の使っている部分が違うのだと思う。

2024/06/03

Primavera

 

Ludovico Einaudi “Primavera”。3年前の演奏会のアンコール(連弾)の録音です。簡易的な録音の上に、ピアノの調律がなかなかトリッキーでして、顔をしかめる方がいても仕方のない音です。ですが、この録音は私にとっては特別なもの。単に記録として録ったもので、誰かに聞かせるつもりはなかったのですが、あの時忘れずに録音ボタンを押した私を胴上げしてあげたい。

この日は友人との2人演奏会でした。最後にアンコールで連弾をしようという話になったは良いが、合わせる時間もなく、当日のリハーサルで短時間だけ、何となくお互い遠慮したり苦笑いしたりしながら、何とも手応えのない合わせをしました。

私がprimo(高音部)担当でしたので、友人は「小西さんに合わせるから好きに弾いてね」と言ってくれたものの、その言葉を信用せず(ごめん)、本番も全く好きに弾くことは出来ず、それが音に如実に表れています。恐々としていて、どうにも硬い。好きに弾くには、ある程度、いや相当、鍛錬が必要なものです。ましてや連弾ですから。

この演奏が特別なのは、再現が不可能だからです。もう二度と起こることのない、音のように消えていってしまったものです。記憶だけがあって、それもまた薄れていきます。なのでせめて、ここに。

こんなに哀しい曲調で、Primavera(春)というのが、にくい。

2025年4月10日 追記
Einaudiは、春に哀しさを感じていたのだろうか。私にはとても共感できる。そして人間に「泣く」事ができて本当によかったと思う。涙するのはいい事だ、心の芯に何かが触れたという事だから。

2022/06/02

Photo Session

 



Photo by Masafumi Sakamoto

長きにわたって写真を撮っていただいている写真家の坂本正郁さんに、4年ぶりに写真を撮っていただきました。ジュエリーは、幼馴染でアーティストの森口真千子さんの作品です。


2021/05/19

Still Space



人生を通して特にアンビエント・ミュージックの作品をよく聴いてきた訳でもなく、アンビエントというものが結局どう言うものなのか、分からずにいます。単に「空間的な感じの、PAD音が中心にある心地よい音楽」と言うだけではなかろう事はわかるのですが・・・
 
しかしアンビエントとは何なのか分からずして「アンビエント的な音楽を作っています」と自己紹介している昨今、その行為自体がアンビエントだ!と思い、少しは自分なりにアンビエントに向かい合ってその姿をしかと見つめてみようと思い立ったのがここ数日。

ふと、ピアノ特殊奏法のワークショップの先生に教えていただいた芦川聡さん(先生と非常に親しかったそうです)の作品を思い出し、改めて彼の名曲 ”Still Space" を聞いてみました。

 

 ・・・・・・・ 


時が止まる思い。どうでしょう、この音楽の儚さは。

ひとこと、またひとこと、心に秘めた話を聞かせてもらっているような。。寂しさや哀しみがどうしようもなく溢れてきて、そのまま音として置かれていってしまったような。

この音楽を聴いていて思い出すのは、娘が3歳くらいの頃のことです。

夕暮れ時に、公園遊びを終えて家に帰る途中、自転車に乗りながら娘が突然、「ママ、死なないでね」と言ったのです。びっくりしましたし、不吉なこと言う子だな・・と思ったのですが、それより何より、なぜそんな事を言ったのか不思議でした。

後になって、きっとあの時初めて「寂しさ」ひいては「死」を感じたのではないかな?と想像しています。

夕暮れの寂しさと、静けさと、自転車に乗るママと自分、いつかは無くなってしまうもの、、それらがきっかけになって、どうしようも無い寂しさを心で感じたのではないかな、と。

あの時の空気、それをこの”Still Space"と言う音楽にそのまま感じます。

あの瞬間に娘と私の周りにあった空気そのもの、空気全て、です。

消えてしまうもの、寂しいもの、そして今はまだ有るもの。芦川さんの音楽から、無くならないでほしい寂しさをどうしようもなく感じています。願わくば、そこに静止していてほしい。

 結局、アンビエントというのは何かという探求はやめにして、芦川さんの音楽を理解することに時間を使いたいと思います。

2020/09/18

Recent MINGUSS

 




前回の投稿からはや1年ですか!様々な事が起こり狂っているこの世の中ですが、ひとまず風邪すらひくことがなくなり、元気です。

 今、私は黄昏の時を生きているのではないか、と先日箱根を走る車窓からふと思いました。星新一の「黄昏」というショート・ショートが凄く好きであると同時に恐ろしく、今まさにその世界を生きている気がしてなりません。ご存知ない方はぜひ、読んでみてください。そんな黄昏の中で、できることとは。大切なこととは。もうそんなに多くありません。より良き道を歩もう。

お知らせとしては、今年3月にCHANELエンゲージメントリングのムービーに、風のような一瞬の音楽を制作しました。お見知り置きをください。いくつかのキーワードをもとに音楽を制作したのですが、それが物凄く楽しかった。音楽を作る際に、一番拠り所にしているのが言葉であるので、それをいただければいくらでも旅をしていけます。

去年から引き続きピアノの特殊奏法のワークショップに参加しており、今後はピアノ演奏にも力を入れていきたいと思っています。

2019/10/15

Mo Cara


The Farthest Desertをリリースしてから早1年ほど経ちますが、最近はもっぱら現代音楽の講義や、ピアノの特殊奏法の講義などに足繁く通い、相変わらず対位法の初歩を細く長く続けております。

何を目指しているのかというと、もちろん次の作品です。長い時間をかけて取り組みたいテーマがあるのですが、今までの方法ではどうしても微妙さが足りないと言うか、、。かと言って学んだ技法が役に立つと思っているわけでは無いのですが、何か1ミクロンでもヒントが転がっていまいか、と鉱山を掘っております。

同時に、もうそろそろリリースにまつわるイベントを考えています。日を追うごとに時間の感覚が長くなり、実現するのは早くても2020年度の予定です。リリースしたものをどのように演奏するかというのは、いつも悩みの種、そして次の段階への種であるので、ここはじっくりと、、。構想としては楽器を中心に、The Farthest Desertが新たなものに変化してゆく過程のような演奏を計画中です。

さて、私は常日頃ピアノを中東の楽器のように鳴らしたいと思っているのですが、そのきっかけとなった人物、私のヒーロー、謎に包まれた演奏家であるMichael O'sheaのトーク&演奏動画を見つけて、その実演に感動すると同時に、人物像に多少動揺しております。は・・歯が・・!そして、耳にバチを突っ込んでゲラゲラ笑ってる。。。かなり想像とは違う方でしたが、それは私の勝手というか、この映像が全てというわけでも無いので、そこはおいておいて、演奏はやはり凄い!永遠に聞いていられる。きっとO'sheaの頭の中の音が全て溶け出しているんだろうなあ、と。動画中、耳にバチを突っ込むのは冒頭と、2分33秒頃、演奏は2分54秒くらいから。

 O'sheaのオリジナルの楽器、"Mo Cara"をどのように鳴らしているのかものすごく知りたかったので、嬉しい。この手法はピアノにも使えるのでは無いかと思うのだけど、やはり弦を鉄(?)のバチで叩いたときの複雑で幽玄な響きは、ピアノにはちょっと出せないのかな。永遠に手の届かない、憧れの音があるって、良いですよね。格好良い、憧れの音楽家です。

*残念ながら動画は見られなくなってしまいました。ご想像にお任せいたします。

2018/11/26

"The Farthest Desert"


4枚目となる新作のアルバム"The Farthest Desert"を、12月12日にリリースします。

今回は民族音楽やミニマルミュージックに触発されながら、サックス2本をどう使うか、リヴァーブによって陰影を描くにはどうすれば良いか、自分の弾けるピアノはどのようなものか、そしてスムースに時間をかけて音楽が変化して行くには、、など今まで出来ていなかったことに取り組みはじめた作品です。

メインのサックス奏者は、中村哲さんと新井一徳さん。ゲスト・ミュージシャンにマニュエル・ゲッチング、アルノルト・カサーを迎えています。

マニュエル・ゲッチングさんは、そっくりさんとかではなく、ご本人です。2年前からオファーをし、ついにはベルリンまで交渉しに行って、最後はお地蔵さんにお願いしまくり、叶いました。「念ずれば、現ず」。お地蔵さん効果に驚いた私は、以来友人が出産を控えていたりするとお地蔵さんにお祈りするようになり、また最近はベルリンに家族で住みたいと念じています。コツはだいぶ具体的な事を祈る事かな。実は自分に言い聞かせてる、って事もあるし……って、なんの話でしたっけ。

そう、マニュエル・ゲッチング先生について。

何年も前のある日に聞いた「New Age of Earth」に「私が聞きたいとずっと願っていた音楽そのものだ」と感動し、彼の音楽を研究しまくり、もしかしたら街ですれ違えるかもしれないとベルリンを旅した日(もちろんすれ違いませんでした)が懐かしいような、必然だったような、、、自分で巻き起こして行く事って、未知数ですね。だめでもともと、当たって砕けろ、ピンと来たら行動、が良い結果につながった例です。

コ・プロデュースにヒロシワタナベさん。Hiroshi Watanabe a.k.a. Kaitoさんです。師匠、友人、兄?、その全てのような、、とにかく、ヒロシさん無くしては今の私はいませんし、今回も最後までたどり着けませんでした。曲ごとに具体的に、または抽象的に、全体的な流れをアドバイスしていただきました。

プロデュース、作曲、ミックス、ゲストミュージシャン以外の楽器は全て私です(よくがんばったね!)。
 
こちらで部分的に試聴可能です。

ブックレットは20P。日本語/英語にて、私による序文と旅行作家である田中真知さんが書き下ろしてくださったエッセイが掲載されています。ジャケットと、ブックレット内に掲載されている砂漠の写真は、田中真知さんによるものです。

また今回はパッケージデザインをShun Ishizukaさんが手がけてくださいました。非常にキレる方で、ほぼ自由にやっていただきとても素敵なものが出来あがりました。ピンとくる人/できる人には丸投げ、の信条は良い結果を招く。デザインの力は本当に凄い、ということを思い知りました。

DISK UNIONTower RecordsHMVAmazon (敬称略)
現在、上記のお店でご予約承っています。

どうぞお手にとっていただけたら幸せです。

2018/11/03

末吉保雄先生を偲んで - If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants



「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。−アイザック・ニュートン


 2018年8月20日、作曲家の末吉保雄先生が永眠された。

25日ごろ、知人のツイートで気になるものを見かけたので、試しに「末吉保雄」と検索をかけてみた。「末吉保雄さん、死去」と言う記事が目に入り、瞬時に思考が止まった。……。ちょうど2週間後にレッスンをひかえており、あわただしい日々の中ではあるけれど、ちゃんと課題をこなさねば!と机に向かった夜の事だった。突然、どこかに、身体ごと放り投げられたような気持ちだった。ついひと月前に先生が課題に書き込んだ文字が、音符が、まだ、生きているのに。。突然の終わり。そんな…まさか、なぜ?…と。重々しい扉が、目の前で閉じてしまったような気がした。今でも、とても悲しい。

末吉先生に初めて出会ったのはおそらく高校2、3年の頃のこと。ピアノ科の生徒であった私は、あまりピアノに熱心ではなく、お師匠さんに「あなた作曲に興味あるなら作曲科に行ったら?」と勧められ、和声を作曲科の先生について勉強していた。次第に「作曲なら芸大にいけば?3年は浪人するだろうけど。」となり(今思えばずいぶん安直だ!)、芸大の受験ならば末吉先生が良いと言う事で紹介してもらい、先生につくことになった。

先生のお宅に初めて行った日のことは良く覚えていない。そして実はレッスンの内容もあまり覚えていない。先生のメモが鉛筆でたくさん書いてある和声や対位法の本だけが残っている。宝物はあとになってやっと気がつく。先生が亡くなった今、私に先生のひとことひとことが、やっと芽吹いてきている。なんでもっと早く気づかなかったのだろう。あの頃気づいていれば。

高校時代、私は芸大受験どころかジャズにはまり込み、先生に「本当はジャズの勉強をしたい」と申し出た。末吉先生は、15、6の娘の興味本位(もちろん当時は本気だった)に呆れるでもなく、親身になってくださり、学校を調べたり、アドバイスをしてくださった。先生のことを慕って20年近くあとにまた再び門を叩いたのは、実はこのことがあったからなのだ。先生が、音楽を表面上で分け隔てることのない、厳しく誠実な真の音楽家であると、高校生ながらにわかっていた。

2016年、私はクラブ・ミュージックに傾倒し、クラブに通い、随分と研究をして自分なりに模倣して音楽を作っていたが、 どうしても自分の理想とするものの形と自分がやっている事の違いから目をそらすことができず、理想に近づく方法が知りたかった。答えなどないのはわかっているけれど、何かきっかけ、ヒント、、そういうものが欲しかった。その時、末吉先生の事を思い出した。先生ならば、全く違う世界ではあるけれど、私の言いたい事を理解してくださるだろうし、何か大きなヒントをくれるに違いないと思い、再び門を叩いた。

20年ぶりに会う先生はちっともお変わりなく、私のことを「君は昔ジャズをやりたいと言っていたよね、良く覚えている。だから今回、君が音楽について相談があると言って手紙をくれた時、すぐに思い出したよ」と笑顔で迎えてくださった。リリースしていた"night of the vision"を献呈し、自分の今考えている事、どうしたら良いか悩んでいる事、本当は何を理想としているのか、時間をかけて全て打ち明けた。先生は思いもよらないアドバイスをくださった。その時すぐにでもレッスンを再開しなかった事を、とても悔やんでいる。しかし私はそれを選ばなかった。作りかけている音楽があったから、それを完成させたら、先生に再び対位法、ひいては作曲そのものをいちから習おう、と決めていた。

それから1年後、現在リリース準備中の音楽もほぼ完成して、やっと勉強する時間も取れそうだという事で、再び先生に対位法や記譜やオーケストレーションを勉強したいと伝えた。先生は大変喜んでくださり、「あなたがお子さんを育てながら勉強したいという事、とても尊敬します。」と励ましてくださった。2018年があけたばかりの事だった。

それから、思えばたった6回…しかし一生の宝である6回のレッスンを受けた。

小さい子供を育てながらだとやはり思うように課題がこなせず「来月は少し課題が少なくなるかもしれません」と言うと「構わないですよ。何も課題に赤を入れるだけがレッスンじゃない。伝えたいことはたくさんありますから。」と仰ってくださった。私も、先生に何から何まで音楽の話を聞きたかった。もっと、たくさん教えて欲しかった。私は、巨人の肩に乗っていたのだった。自分の力では見渡すことのできない、音楽の平原を、先生の肩の上に乗ることで、見ることができていたのだ。今は、再び自分自身に戻ってしまった。少しだけ見渡せた平原は、あまりに深く広く果てし無く、私はもう音楽のことなど何も知らないこどものように感じる。これが、正直な今の気持ちなのだ。

「僕は、ジョスカン・デ・プレが一番凄い作曲家だと思っていてね、彼のような作曲家はもう出てこないとおもっている。夏の夜に、山小屋かなんかでジョスカン・デ・プレの楽譜をよみながらビールでも飲めたら、とても幸せだなあ」

先生の言われた言葉を思い出せるだけ思い出して、探って、果てし無く探って、ひとりで行くしかない、と。悲しいけれど、もうそれしかないのだ。