2012/02/13

2012.3.3 SAT "MIRROR" at Jicoo Floating Bar


次回のMINGUSSのライブは3月3日土曜日夜、東京湾の上にて行います。Jicooという東京湾をクルージングする船上でのイベント"MIRROR"に出演させて頂きます。

『"MIRROR"は、タルコフスキーの「鏡」から命名した』という事を聞いた時に、すぐさま強いイメージが出来上がりました。イメージを保つ事と具体的にして行く過程はとても根気がいりますが、今は3日に向けてそれを忠実に再現出来る様に準備を進めています。まだライブをする前に説明しすぎてはつまらないので、また終わってほっとした後にでも、どういう計画だったかを話します(かも。)ただし、キーとなっているのがタルコフスキーの詩の様な時間の流れと、エンキ・ビラルの世界観である、と言う事だけは、自分の為にも明らかにしておきます。(途方も無い!)

そして共演の皆さん、濃密で素晴らしいです。特に影のボス、大ベテランの白石隆之さんのグルーブと情感と思慮に富んだDJが、私のライブの後の空気のつじつまを合わせ、想像を超えた『鏡』に昇華させてくれる事間違い無し、と思って安心しております。皆様、本当に心から是非。東京湾の夜景は言わずもがな。海抜0mからの夜景は”夢”です。汚いものなど何も見えません。

定員がございますので、早めのご予約をおすすめします。ご予約はこちらからどうぞ。



■Artist

-LIVE-

MINGUSS

-DJ-

白石隆之

蟻 (moph records)

suno (mute/shower)

SEEP (Resonance Harbor / Barrier)

Pecorino Jr. (Enish)



2012年3月3日(土)18:30~23:30
Charge:2500円
※料金には乗船料・エンターテインメント料が含まれます。

■Bording time

お台場海浜公園発着所  20:30 21:30 22:30

日の出桟橋発着所  19:00 20:00 21:00 22:00

※お台場海浜公園発着所からの最初の出港は20:30となります(19:30の着岸はございません)

※最終便は23:00に日の出桟橋帰港となります


2012/02/02

role of sound




頭の努力ではなく、そうではなく、精神の鍛錬というか、精進の末の末に研ぎ澄まされて洗練されて行った様な音楽は、聞いていて頭を使わないし、どんな説明も要らない、言ってみれば「悟り」や「閃き」の様なものをもたらすと思います。その先端を行くひとり、Jeff Mills。

1月のJeffのパフォーマンスは、実に多くの「音楽」に対するJeffの考えが聴き取る事が出来て、これまでで最も大きな学びになりました。学び、と言うとカタい感じがしますか?そういうなかれ。・・ホアン・アトキンスやマニュエル・ゲッチングとはまた違って、ジェフの場合は「学び」の方がしっくりくるなあ。人間の可能な最大限のの探求の旅路、と言うか。ジェフのアルバムリリースや特別なパフォーマンスは、賢人からの便りの様です。

ジェフ・ミルズが宇宙人と(愛を込めて)言われるのはとても単純な理由で、恐らく見た目と、宇宙やSFへ対する関心の深さ、それらから深いインスピレーションを常に受けている、と言う事からだと思いますが、私からするとジェフはまさに「賢人」や「お坊さん」の様な印象。とても冷静で、知恵を求め続けている人間という感じです。ホアンの方が宇宙人的ですね。

1月のパフォーマンスはとにかく全ての音に、わきまえと言うか、、研ぎ澄まされた精神で、隣の部屋に針が落ちる音も聞き分ける様な、達人の集中力が感じられました。

私はジェフの音楽が大好きであるから、TR909を手に入れたり、YAMAHA QXでやってみようと試みたりはしましたが、Jeffの音やスタイルを真似してもダメです。彼から刺激を受けるべき部分は、「自分の音を生み出す為に途方も無い努力をする」と言う事だと思います。そして努力の仕方は自分で見つけましょう。シンプルでキビシーのです。

2012/02/01

movie "Night of the VIsion" digest



ヒロシワタナベさんが撮影して下さっていました。このリリースイベントでは、私の編集した映像を、アルバムの音楽をトリオにアレンジし直した生演奏とともに流していた、Mingussワールド全開の日だった訳ですが、それをまたヒロシさんがヒロシさんのビジュアル的な感性で捉え直して下さっていた事、これはアルバムのNight of the Visionで起きている事と全く同じです。当日、突然没頭して記録して下さったヒロシさん、普段でも常時カメラを持ち、話しながら歩きながら所構わずあらゆる引っかかるものにシャッターを切っています。きっとそのうち、映画も撮り始めるかもしれません。それくらい、根っからの創作人な方なんです。

2012/01/23

kleider machen leute


少しお金も時間もかかることなのでゆっくり考えているけれども、服装に関して。毎日着る服とは別に、Mingussとして、イメージする服というのがあります。マヨ嬢には女コマンドーみたいな服と銃が似合うと散々言われていて、それも似合うなあと思っておりますが、またそれとは別に。

ゆくゆく、どなたかに頼もうと思ってイメージを詳細にしているのですが、その途中にみつけたのが、写真のベトナム少数民族モン族。ベトナムには実に様々な少数民族がいて、それぞれの衣装もとてもとても複雑で美しい。特に、モン族の濃紺の衣装が私にはとても気に入りました。

昔から惹かれる服というのは(普段着るものというより、服として形が美しいなとおもうもの)、着物のように基本的に布一枚で出来ているような、着方やちょっとした紐の結び方などでいくらにでも形の変わるもの、という服でした。血の中にインプットされている記憶があるのでしょうか。

民族の体型や肌や髪の毛の色、気質や表情などに合っている服装、それも年月をかけて洗練されていった衣装というのは、大変な智慧であるので、日本にもそういう叡智を集結させた独自の衣装というのがあったとしたら、どういう物になっていたのか、見てみたいです。

さて、Minguss独自の衣装というものがゆくゆく出来てゆくとして、次回のライブのお知らせです。

1月27日 (金)start 19:30 charge : 3000yen(1 drink in) at Fiat Space
Music Share vol.4 live : fantaholic pulselize OVERROCKET Language Minguss
DJ TOKIMA TOKIO Yoske Kakegawa


mingussは23時ごろからと少し遅いですが、週末のスタートとして良かったら是非;))

題のkleider machen leuteというのは、ドイツ語で直訳すると衣装が人をつくる、という意味ですが、じつは馬子にも衣装、という意味合いだそうなので、これ言ったら怒られちゃいますから気をつけてくださいYO。

2012/01/08

love under pressure



2012年になり早々、色々な考えが静かに巻き起こっています。ミシェル・ンデゲオチェロの「夢の男」や、ジョニ・ミッチェルの「ミンガス」そしてジェフ・ミルズの年末と1月5日のパフォーマンス、そしてマイルス・デイビスのこの言葉「地球が回転している様に、それとは気づかないくらいゆっくりスムーズに音楽が変化してゆくんだ。音楽に変えられてしまうんだ。」、そしてエンキ・ビラルの"MONSTER"・・これらに、もっともっと注視してエッセンスを抜き出せよと背中をおされています。

さて、ライブのお知らせです。Minguss次回は1月15日日曜日午後にアットホームなパーティーにてライブをします。

1月15日 (日)start 17:00 close 23:00 charge : 1000yen(1 drink in) at 渋谷 ROOTS
"an informal party vol.27 5th anniversary" guest live: KOYAS, Minguss
DJ: 鉄平, mon-chuck, nnn, goto
FOOD: ayumi curry

ayumi curry・・・
エーーーッ カレー食べられるのかい!?グリーンカレー食べたい death・YO!

2011/12/29

seamless time 2011


上の写真はアフリカにあるゴースト・タウンの写真。一時期はゴールド・ラッシュにより栄えたけれども、今ではこんなに美しく砂に埋もれてしまって居ます。下の写真は、クリストとジャンヌ・クロードによる青い美しいパラソルの作品。期間を決めている作品なので、もちろんもうありません。こういうシンプルな美しい事、大好きです。

とても個人的な2011年を振り返ると、今年はまずHiroshi Watanabeさんと1年以上かけて練り上げた「Night of the Vision」を発表する事が出来た事が何よりも重要な喜ばしいことでした。作品にまつわる発表の場を積極的に持てたこと(ひとりで取り仕切り、とてもとても大変でした。しかし助けてくれる人々が居たことがあまりに感動的でした)、作品を通してつながる事が出来た人々がいたこと(あらゆる人々。マニュエル・ゲッチングまで!)作品を気に入ってくれた方がいたことなど(これ以上の価値が見あたりません)、「自分の音楽を発表する事」でささやかな輝きを得られた1年となりました。
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さてここからはつらつらと脈絡の無いことを書きます。

まず突然な事を言ってしまいますが、(自分のために書きとめておきます)私は「絶対的に無関心な音楽をやる事、それを極めてゆくこと」が、求めている事であると思いあたりました。そしてそれがなんらかの「ビジョン」から発生している事も。「絶対的に無関心な音楽」とは、例えると、この世の壁一枚向こうに別の世界があるような音楽のことです。私は、それにこそ救いがあると想像しています。

私にとっての喜びが、そのような音楽を表す事であるので、自分に必要なのは、表現の技術を上げる事と、例えどんな堕落した世の中やハードでヘビーな生活にあっても、集中して強い意志で何かを作り上げる精神力です。そして何か本で読んだかどこかで小耳に挟んだか程度の価値しかない様な、何らかのセオリーには耳と心を貸さ無いこと。
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世の中が流れていることがひしひしと感じられた1年でした。「流れ」があって、それはどうしようもない事であるのだなあ、と。そして流れはまだまだ始まったばかりで未熟で、まだこの先もずうっと流れて行くのだなあ、などと、スターパインズ・カフェの舞台裏でぼおっと考えたりしました。それが諦めの情から来ている思いではないことを願います。
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さて、特に音楽をやる上で今年と来年に境目があるわけではないですが、来年はまた作品を作り始めるつもりです。3作ほど、取り組みたいコンセプトがありますので、ゆっくりとじっくりとやってゆきます。また、音楽以外では新たな興味のあることにかじりつく事。それは「日本の歴史、文化、思想」「東洋の思想」「文化人類学」「言語学」「ドイツ語」とこれまた雑多で大雑把ですが、それらを通して何か新しいビジョンがバチッと生まれる事を願って気楽に取り組もうと思います。
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今年は4月に3週間かけてベルリン、ハンブルグ、パリに行ってきました。ベルリンのカフェにてふと思い当たったことがありました。それは最もさびしいことは、誰からも愛されないことではなくて、誰の事も愛していないことだ、ということです。なんの贔屓目も持たないで自分を探ってみると、間違いや思い違いを犯していることにすぐ気がつくのですね。
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最後に。
来年は1月15日、1月27日、3月3日にライブを予定しています。また詳細などは改めてお知らせいたします。

それでは、皆さん今年も1年ありがとうございました。来年もMINGUSSをどうぞよろしくお願い致します。良いお年をお迎えください!!

2011/12/22

IZIDOA Color : Blue Velvet and Gold no2





何はともあれ、濃いミッドナイトブルーのベルベットと、黄金色、という組み合わせがもっとも良い。レーベルのイメージカラーは"Blue Velvet and Gold"です。写真の色はまだいまいち。もっともっと暗く濃い青が良い。で、このライオンはちょっとカワイい。national geographic で見られますよ。

2011/12/08

poetic



以前、横尾忠則さん見たさと言うミーハー心で倉俣史朗展に偶然足を運んだ際、横尾さんそっちのけで(あ、失敬)倉俣史朗さんの作品に直ぐに心を掴まれてしまいました。ビジョンがあり、粋で、見る者の想像をかき立てるような洗練された作品に、この作品に合う音楽を作りたいと心底思いました。

中でも、「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」と言う銀色の細い鉄の網で作られた美しい椅子を目にした時、一瞬で、(クラバー的に表現すると)、両手を天に向かって掲げたくなりました。夢の中で見たものを目にした様な・・。豊かでありました。とても、瑞々しく、詩で出来ている椅子でした。

倉俣さんがインタビューの中でしきりに「タルコフスキーの映画に強く影響を受けた」と言っておりました。中でも「惑星ソラリス」のあるシーンが強い印象を残している、と。私がそれを聞き逃すはずも無く、いつか見よう、それもなるべく後にみよう(すぐみてはもったいないし)と決心していました。しかし、最近ライブのオファーに関わる事でもあり、タルコフスキーの「鏡」を見たのです。

「鏡」

映画にこんなにも、感覚が動かされるとは想像していませんでした。一体どういう事なのでしょう。あんな映画は初めてです。映画の内容が分からない、と言うのでは無く、あの映画によって気づかなかったある感覚の持ち方が目覚めさせられた、と言った感じです。あの映画に一体何が含まれているのか、と思いました。内容や音や映像以外の何かが、始めから最後までに息づいて移ろって行きました。理解出来ない存在が感じられて、すっかり驚いてしまったとともに、倉俣史朗さんの作品の事も思い浮かびました。

私はまだ何も結論づけられていませんが、タルコフスキーや倉俣史朗さんに感じるもの、それは詩であり、祈り(これについてもまだ感覚でしかわかりませんが・・)であり、、とても陳腐な表現ですが、、それ以外の内面的ななにかであるんだろうと思います。はっきりとしたビジョンや手を伸ばしたい場所やなにか。

今、この時、極々個人的に受け継いでゆく感覚と言うのが、私には重要に思えます。

2011/11/20

KOMAMO'11


来週27日日曜日、東京大学駒場際において開催されるKOMAMO'11にてライブをします。KOMAMOは26日、27日の2日間にわたって、東大の学生さん有志によって開催されるイベントで、Feeはカンパ制との事。投げ銭ですな。聞いてけドロボー!と言う感じですね。あ、失礼。私はこの制度が大好きです。

過去にHIROSHI WATANABEさんも出演された事がありますし、DJ NOBUさんや、ギョッとしたのがセオ・パリッシュも出演した事があると言う、知る人ぞ知る硬派なイベントです。

委員の方が直々にオファーをして下さり、名も無き私に声をかけてくれた事にとても感動しております。前回と同じメンバーでのぞみますので、お近くの方、どうぞ駒場キャンパスに遊びにいらして下さい。MINGUSSは27日、お昼過ぎ13時頃からの予定です。

2011/11/15

spirit of language



例えば、「JAZZ」という言葉。もちろん普通、Jazzはあるアメリカの音楽スタイルをさしますが、全く別のもうひとつの意味が人それぞれにあると思います。私の中の辞書でそれを慎重に訳すとこうなります。「複数の人から発生し立ち上った、生物のように動いてゆく色合いを掴み、その上にしなやかに鋭く鮮明に、心の情景を注ぎ込んで行く音の営み、過程」。

次は「Techno」と言う言葉。こちらも私辞書で引くと、「思考」「ビジョン」「フラクタル」「僅かな違いを持つほぼ同じ形のものが、少しずつその違いを広げて行く事」「真空」「進化、退化、反復」「リズムにコードやメロディを持つ事」「1:多数のときでも、コミュニケーションが1:1になること」「望郷」・・こちらはまだ開拓して浅いので、言葉が続きません。ですが、この様な言葉が今の所漂っています。

何を言いたいのかと言うと、ふたつ。

1つは、同じ言葉をさしていても、1枚めくると全くその人によって別の意味に記憶され解釈されていると言う事。当たり前と言えば当たり前です。が、こちらの方が興味深く大切な部分かと思います。

もう1つは、言葉にする事の重要性ついて。

音楽を作り始めて数年経つと、素敵な曲を聴いて「こういう曲を作りたい!」と言う自然な衝動から曲を作る時期は過ぎ、次の段階に行くと思います。魅力を感じていたエッセンシャルな部分は一体何なのかと突き詰めて、シンプルな細胞ひとつにいったん削ぎ落としてみてから、それをもとにまた広げて行く、そんな時期に自分が今来ていると感じています。そしてその際、言葉にしてみることが最も重要な事だ、と言う事に改めて気づいています。

思い返してみれば、学生の頃についた末吉保雄先生も、「作曲のアイディアは必ず言葉にして書きなさい」と仰っていた。考えの過程を言葉にする事の重要性・・!

最近すごくハマってしまった「虐殺器官」でも眼から鱗が落ちたのですが、「言語」って突き詰めてゆくともの凄く面白い。「言語学」などに触れる事が出来たら、きっと新しい地平線がまぶしく広大に広がっている事でしょうね。

私自身は、普段話している時等に人が発した言葉自体には特にこだわったり気にしたりはあまりしないのですが(言っている事と本心が同じとは限らないし、言いたい事を言わないのが日本人として常ですから・・)、イメージを補う道具としては言葉はもの凄い力を持っています。

そんな訳で、私は今言葉を探しています。周りにあるものに刺激をうけ、自分の中に漂っているモノから、何かイメージがはっきり生まれる予感がしています。それは既にあるので、それがはっきりとする事が楽しみです。